漢方薬は多くの成分を含んだ自然由来のもの
現在の西洋薬のほとんどは、人工的に合成された化学物質で、その多くはひとつの成分で構成されており、ひとつの疾患に強い作用をもたらします。それに対し、漢方薬は植物や動物、鉱物など天然の「生薬」を使用し、2種類以上の薬で構成されており、多くの成分を含んでいるのが特徴です。効果は個々の生薬の薬効の総和ではなく、構成生薬の組合せによって得られます。漢方薬の魅力としては、自覚症状があるのに、病院の検査や診察で異常がないという睡眠や疲労、更年期障害、血流悪化など長年「未病」にお悩みの方はもちろん、がんをはじめとする難病にも、体質改善や自己治癒力の引き出しによって対応できることです。一方で、西洋薬のほとんどは、特定の症状がない場合は、使用しません。健康診断で全く異常がなかったり、何かしらの病気を発症していなければ、西洋薬は処方されないですが、漢方については体質や未病対策として、処方することができます。加えて、季節の養生も得意分野です。「夏の暑い時期であれば、体にこもった熱を捨てる」、「冬の寒い時期であれば、体に熱を加える」、「梅雨の湿度が高い時期であれば、水分代謝をあげることで体に残った余計な水を捨てる」、「秋の乾燥の強い時期であれば、体に潤いを与える」。このように漢方では、体質に加えて、季節によって処方が変わっていくことがありますが、西洋薬ではこのような対応は少ないです。例えば、夏でも冬でも同じ血圧の薬を服用することになります。
また漢方薬が得意すると症状については、後述します。
漢方薬と西洋薬の違いについて
上記の通り、漢方薬は天然の素材を活かし、現在の西洋薬のほとんどは、人工的に合成された化学物質です。ただし、これは大きな問題ではありません。元々は、西洋薬であっても自然の素材から成分を抽出して作られており、年々合成の技術が上がってきたため、現代ではほとんどが合成されているだけです。大切なことは、漢方薬と西洋薬は目的と基準がそもそも違うことです。先生によっては、西洋薬は良くて、漢方薬は良くない。反対に、西洋薬は出来るだけ使わず、漢方が良いと訴える先生もおり、考え方は様々です。私は、漢方薬と西洋薬の違いを活かして、両者をうまく使いこなす必要があると考えます。なお、西洋薬については、日本での服用量が多すぎるという問題はあると感じております。例えば、睡眠薬は欧米では4週間以上の連続した服用を制限されているものがあるのに対して、日本ではこのような制限がありません。このように服用量に関する問題は存在しております。
それでは、西洋薬の基準はなにかというと「特定の症状がすぐに消えるのこと」が良い薬となります。例えば、コレステロールが高ければ、そのコレステロールの値がすぐに正常値の範囲になるのが良い薬です。血圧が高ければ、血圧がすぐに正常値になるのが良い薬です。一方で、漢方薬の基準というのは、体にとって毒性が無いのが良い薬です。すなわち長く飲み続けても体にとってプラスにはなっても、マイナスにならないのが良い薬です。また病気を発症させないというのも漢方にとって重要な要素です。先ほどお伝えしたとり、病院に行った時、特定の病気や症状が無ければ、西洋薬を処方されることはありません。一方で、漢方薬は普段から服用することで病気の発症を防ぐものがたくさんあります。「漢方は長く飲まないと効かない」と話を耳にしますが、本当は普段から長く服用できて病気にさせないものが良い漢方薬です。つなり「漢方は長く飲まないと効かない」ではなく、「長く付き合えるのが良い漢方薬」ということになります。
例えば、このような諺があります。「上等の人は病なくして薬を服し、中等の人は病ありて薬を服し、下等の人は病死して服せず」。
これは、現代風に言えば、「意識の高い人は病気ではないのに薬を飲み、中ぐらいの身分の人は病気になると薬を飲み、意識の低い人は病気が進行しても薬を飲まずに手遅れになる」と言うのです。意識の高い人は、病気がなくても普段から養生に努めている事ということです。加えて、「上医は未病を治し、中医は病みかけている者を治す。」という言葉もあります。これは、「レベルの高い医者は、患者が病気になる前から薬を出して病気になることを防ぎ、通常の医者は病気になっていから薬を出す」という意味になります。
東洋医学では、薬を服用する側も、薬を処方する側も、高い意識をもって、いかに未病の段階で対応し、発病させない事が大切ということになります。
なお、上記の通り漢方の効き方がゆっくりというイメージを持たれてしまうのでは、普段から未病対策として、ずっと服用できるものが多いからということが理由となっております。一方で、治療に関して全てがゆっくりということではありません。例えば、風邪の時に服用される葛根湯は比較的有名だと思いますが、風邪を引いた時に、西洋薬の総合風邪薬(いわゆる解熱剤)と葛根湯を服用した場合では、葛根湯を服用した方が早くなるという臨床データがあります。またパニック障害や心臓発作などに対して分単位で効果を表す即効性の漢方薬も多数あります。このように全てがゆっくりというわけではなく、非常に早く効果を表す漢方があるということも知って頂きたいです。
漢方薬で大切な「流れ(巡り)」について
また漢方薬と西洋薬のもう一つの大きな違いは、「流れ」です。漢方薬の目的の一つは「流れ」を正すことです。漢方や中医学の世界では、気(き)・血(けつ)・水(すい)の巡りが健康を維持する上で、非常に重要な要素となります。気(き)、血(けつ)、水(すい)は、人体を構成する基本物質で、生命活動を維持するために重要な物質です。
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※気は、人体を構成し、更に生命活動を維持していくのに 必要な物質あるいはエネルギー。熱エネルギーも含まれる。
※血は、血管中を流れる赤色の液体で、人体を構成し 生命活動を維持する基本的物質。(ほぼ血液)
※水は、体内のすべての正常な水液のうち、赤くないものの総称。(ほぼ血液以外の体液)
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西洋薬は代謝の流れをブロックする薬が多いのですが、逆に漢方というのは流れを作るもの、流れを促すものが多いのです。
例えば、血圧が高い時に使用する西洋薬は、血圧を上げるホルモンの働きをブロックしたり、血圧を上げるホルモンの合成をブロックします。一方で、漢方薬の場合は血流を改善する、すまり「血の巡りを改善する」処方を使います。ここで面白いのは、血流を改善すると処方は、高血圧でも低血圧にも応用することができます。血流が悪くなり抵抗が増えると血圧が高くなるのですが、血流改善でこの要因を除くことが出来ます。また心臓のポンプ機能が低下すると血圧が低下するのですが、血流を改善することで心臓への負担がへりポンプ機能が改善します。このように血流改善の漢方を使用することで、血圧が高めの人は下がり、低めの人はあがることになります。
もう一つ、漢方薬と西洋薬の大きな違いというのがあって成分量の多さです。病院の薬というのは、ある一個の成分からできていることがほとんどです。複合薬と言って2種類とかがミックスされてできているお薬も中にはありますが、多くの成分が単一成分です。一方で漢方薬は一つの生薬をみても、だいたい何百種類という有効成分が入っています。それをいくつも組み合わせて処方が成り立っているので、漢方処方の中身を分析しようとすると大体数百から数千種類の天然成分が含まれていることになります。従って、西洋薬はどのような仕組みで効果が出るのかがわかっているものが多いですが、漢方薬の場合では不明なことが多いです。これは現代の科学の力では、これだけ多くの物質が含まれている漢方を解析するのが難しいためです。だからと言って、問題があるわけではありません。人間が漢方を服用した場合にどのように変化するかの、長い歴史の中の観察で作られてきたため、漢方は非常に臨床データが多いのです。重要なのはこちらの臨床データです。実際、西洋薬であっても、どのような仕組みで薬が効いているかが不明な場合でも臨床データで認可されます。そして、薬が販売された後に仕組みがわかることもあるのです。漢方薬が西洋薬よりも安全だと言われる所以は、この臨床データの多さにもあるのです。
中医学と漢方の関係について
よくニュースで、「漢方の本場中国」、「漢方の本場の韓国」という表現を耳にしますが、漢方の仕事に関わっている人間からすると、とても違和感を感じる表現です。というのは、そもそも「漢方」という名称は、日本で作られた単語です。「漢方」と聞くと中国の物というふうに考えている方が多いのですが、実はこれは日本独自の言葉になります。日本で培われてきた東洋医学が「漢方」です。中国から大陸を通してそれぞれの時代に様々な書物や考え方が日本へ入ってきていました。黄帝内経や傷寒論など書物に体系的にまとめられたものがあるのですが、それが日本に伝わって向こうの考え方を日本だとどういう風に使えるだろうかということで、日本の気候風土、それから人種、日本にある素材そういったもので色々考えて発展してきたものが実は「漢方」なのです。
そして、「漢方」という単語は江戸時代にオランダからもたらされた医学と区別するために生まれました。オランダから入ってきた新しい医学を「蘭方」と呼び、中国(漢)に由来する従来の日本の医学を「漢方」と呼ぶようになったことが始まりです。
また戦後に中国は、これまでの伝統医学を体系化し、「中医学」(ちゅういがく)を確立させました。これは、中国の国策として、自国の伝統医療を世界に発信するためでした。中国を起源としつつも日本で独自の発展を遂げた伝統医学が「漢方」です。数千年の歴史がある中医学は、病気として現れる前に予防するのが特徴です。医師は患者の体を観察し、症状にあった天然の生薬の配合と鍼灸などで治療します。一方、「漢方」は、起源は同じながら、気候風土の違いから中医学と異なる考え方も有しています。例えば、日本は島国であるため、中国の内陸に比べて、湿度が高く、体液の循環が乱れやすいです。不要となった体液が悪さをする「水毒(すいどく)」という単語は日本で生まれた単語です。
漢方の得意分野について
漢方の得意分野は様々ですが、その一部を記載します。特に、自律神経や免疫、ホルモンバランスに関係するものが多く、最近は妊活の相談も増えています。
※自律神経失調症・不定愁訴→西洋薬には、有効なものが少なく、漢方が得意とする分野
※痩せ →特別な原因がない痩せは、漢方が得意とする分野 ※低血圧→ 症状が強ければ、漢方薬の治療が有効
※かぜ症候群 →漢方薬が優れた効果を発揮する分野
※神経症・ヒステリー →西洋薬には、有効なものが少なく、漢方が得意とする分野
※うつ病 →漢方が得意とする分野。 ただし、重症の場合は、西洋薬を優先し、漢方薬を併用させる
※アレルギー性鼻炎→ 西洋薬には、有効なものが少なく、漢方を用いるケースが増えている
※胃下垂・胃アトニー→ 西洋薬には、有効なものが少なく、漢方による体質改善が有効
※過敏性腸症候群 →西洋薬には、有効なものが少なく、漢方が得意とする分野
※尿失禁 →漢方薬が有効で、漢方薬の単独使用もしくは、西洋薬との併用
※つわり・妊娠悪阻 →西洋薬には、有効なものが少なく、漢方が得意とする分野
※冷え性 →西洋薬では、冷え性という概念がないため、漢方薬で対応する分野
※肩関節周囲炎(五十肩・四十肩) →血流改善が得意なため、血流悪化が絡む症状は漢方薬が得意とする分野
※不眠症 →体にとって良いもので、睡眠の質を改善できるので、漢方薬が得意とする分野
漢方と西洋医学の融合について
病気の原因が特定できており、原因別の治療が可能な場合や手術が必要な場合、一般的に医学は優れています。しかしながら、原因が特定できない慢性の病気、体質がもたらす病気には漢方が向くことが多いのです。しかし、どちらか一方が優れているというわけではありません。それぞれの得意分野を組み合わせて併用することが有効だと考えられています。ステロイド剤に似たような効果がある漢方薬とステロイド剤を併用することで、治療効果が上がり、場合によっては副作用が比較的強い西洋薬の使用量を減らすことができるのです。ステロイド剤以外にも様々な病気において、西洋薬と漢方薬を併用すると治療効果が上がるという臨床データが増えてきました。抗がん剤治療の際に漢方薬を使うことで、抗がん剤の副作用を軽減させることも出来ますので、西洋薬と漢方の併用が有益な場合があるのです。したがって、西洋薬と漢方薬の両方のメリットを活かした治療を行うことが、今後ますます重要になると私は考えています。
文責:佐藤 貴繁(さとうたかしげ)杜の都の漢方薬局 運龍堂 代表
2003年北海道大学薬学部卒業。2006年北海道大学薬学研究科博士後期課程修了後、コスモ・バイオ株式会社を経て、2012年「杜の都の漢方薬局 運龍堂」開局。2013年「宮城県自然薬研究会会長」に就任、2017年「宮城県伝統生薬研究会会長」に就任。